自発的特性転移「人の悪口を言う人が嫌われるのはなぜか?」

自発的特性転移「人の悪口を言う人が嫌われるのはなぜか?」

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恥ずかしながら、かつて私は人の悪口をよく言っていたものだ。「あの人は意地悪だ」「あの人はずるい」。すると、不思議なもので、悪口を言っている私までもが嫌われた。

「小倉さんは人の悪口ばかり言っている」「言っている小倉さんだって意地悪だよね。ずるいよね」

ところが、最近は、逆の現象が起きて困っている。人の悪口を言うのをやめた私は、人のいいところを見て、いいところを話すようにした。「あの人はいつも優しいね」「あの人にはとても助けられた」と。すると、困ったことに逆に誤解されるようになってきたのだ。

「小倉さんは優しい人ですね」「小倉さんは人を助けているのですね」

少し嬉しいけれど、これは困る。私はそんなにいい人ではない。ずるいところもたくさんある。できていないところだらけだからだ。

人を悪く言うと、悪口を言っている本人自身が、相手から悪い人だと思われる。
人を良く言うと、ほめている本人自身が、相手からいい人だと思われる。

このような現象をオハイオ州立大学の心理学者ジョン・スコウロンスキ氏は自発的特性転移と呼んだ。なるほど。私自身の実体験からも、うなづける理論だ。

では、実際、本当にそうなのだろうか? あくまでも私の実体験として、私の主観として振り返ってみた。すると。

人の悪口を言う人が、悪い人である確率は高いような気がする。(もちろん100%ではない)
人をほめている人が、いい人である確率は高い気がする。(もちろん100%ではない)

そんな結論に至った。だから、自発的特性転移が起きるのは理に適っているし、まんざら外れてもいない、と思うのだ。

*ここで、いい人、悪い人、という定義自体が曖昧、かつ単なる主観であり客観ではないのだが、それを言い出すと議論がややこしくなるので割愛し「そういうもの」として論を進める。

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人は自分がやったことがないことはよくわからないし、やったことがあることはよくわかるものだ。たとえば、私は鍵山秀三郎先生に教えていただいて、トイレ掃除を始める前は、きれいなトイレを見てもなんとも思わなかった。しかし、自分でトイレ掃除を始めてみて、その大変さがわかった時に、きれいなトイレを見ると「うわぁ。さぞや大変だったろうなぁ。こんなに丁寧に汚れを取って。大変だったろうなぁ」と感じるようになったのだ。

つまり、人の良い面が見える人というのは、自分も同じだけの苦労や体験を積んでいる人なのだ。相田みつを先生の有名な詩

「あなたの心がきれいだから、なんでもきれいに見えるんだなぁ」

はそれを映しているように思えてならない。

同様に、人の悪い面を見ている人は、自分がいつも同じようなことをしたり考えているからそればかりが目に付くのだろうと思う。自分がずるをしている人は他人のずるさに敏感だ。自分が意地悪をしている人は他人の意地悪に敏感だ。そういうことではなかろうか。

しかし、このような話を講演でさせていただいている時に、聴講者の方からこのような質問を受けたことがある。
「小倉さん。小倉さんはそのように言いますが、私は絶対にずるいことはしていません。天地神明にかけて、ずるいことはしない、と決めているからです。しかし、他人のずるさはすぐに目につくし、許せません。これはどういうことでしょうか?」

私は答えた。
「私の専門ではなく、あくまでも聞きかじりでしかありませんが・・・・・・。ユング心理学ではそれをシャドウの投影と呼んでいるようです」。そして、以下のように続けた。

シャドウ(影)とは、自分の中に存在する弱点を受け容れずに抑圧し、ないものとして見ないようにしていると、自分が抑圧したものを表に出している人を見たときに強い怒りを感じる、というものだ。

例えば、本当はずるをして、楽をしたいと思っているが、それはいけないことだと自分を抑圧している人は、ずるをしている人を見ると、自分が抑圧しているシャドウを相手に見て、強い怒りを覚え悪口を言ってしまうのだ。「自分はこんなにガマンしているのに、それを堂々とやっている人がいる。許せん!」という具合だ。これをユング心理学では投影と呼ぶ。

では、どのようにすればいいのか、と言えば、抑圧をやめること、自分の中にずるい気持ちがあることを認めることが重要だ、とユング心理学では考える。抑圧や歪曲、否認をやめ、自分にもずるい気持ちはあるよなぁ、と受け容れることで、そのシャドウが人格に統合され、悪さをしなくなる。つまり、ずるい人を見ても、強い怒りを感じずに「そういう気持ちもわかるなぁ」「自分にもそういう気持ちはあるよなぁ」と受け容れられるようになるのだという。

だからといって、その人がずるをするとは限らない。自分にもある弱点、シャドウを受け容れても、行動レベルで自分を律し、ずるをしない人はたくさんいる。いや、その方が多いだろう。しかし、自分のシャドウを見ずに抑圧している人は「あの人はずるい!」と糾弾しがちだ。一方で自分のずるさを受け容れ統合したプロセスを経た人は相手への怒りを強くは感じず「良くないねぇ。でも、そんな気持ちはわからんでもないよ」と泰然自若の姿勢でいられるのではなかろうか。

このように考えると、先の質問をされた方は、行動レベルではずるをしていないものの、自分にずるさがあることを認めたくない、と否認し抑圧している人ではなかろうか、と考えられる。もしも、それを受け容れ、自己の人格に統合できていたならば、強い怒りや糾弾の気持ちが起きないだろうからだ。このように考えると、ますます自発的特性転移が理に適っていることがよくわかる。

悪口を言う人は、言っている本人も同じような行動を取っているか、もしくは、心の中に同じ気持ちを抑圧している人である確率が高い。
人をほめる人は、言っている本人も同じような行動を取っているか、もしくは、心の中に同じ気持ちを持っている人である確率が高い。

さて、あなたは、どちらの人間だろうか?
さて、私は、どちらの人間だろうか?

そんなことをつらつらと考えた。

編集後記
東京(最終週の土曜日)、関西(第一週の土曜日)、名古屋(第一週の土曜日)で毎月開催している、参加費無料の古典読書会「人間塾」では、まさにユング心理学を学んでいます。3月の課題図書は「ユング心理学入門」川井隼雄(岩波現代文庫)、4月の課題図書は「ユング 分析心理学」C.G. ユング(みすず書房) です。ご興味のある方はぜひ、ご参加下さい!

なお人間塾でこれまで取り上げてきた50冊以上の課題図書はこちらへ。私のミニ書評つきです。こちらもぜひお目通しください!では、次回をお楽しみに!

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